反抗期の息子と一定の距離を置いたら関係が改善されたような気がする

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深夜のパートの5連勤・・・やっと今日が最終日です。
元々は週3で始めたパートですが、昨今の人手不足から週4~5日シフトに入ります。
このお仕事は、ツゲ丸が高校2年生の時から始めました。
それまでは自営のお仕事なのでツゲ丸が帰宅してから夜寝るまでほとんど家にいました。

ツゲ丸にも、もちろん反抗期はありました。
中学2年生ぐらいからだったと思います。
当時は、親よりもどちらかというと学校に対してキレれていました。
特に連帯責任が口癖の体育教師に反抗しては、納得いかないと「論破」しようとしてもめていました。
最後は、お前は面倒くさいと避けられていたそうです。
まあ反抗するのはこの手の先生だけで、何故か担任や女の先生には受けが良かったので内申書は問題なかったのですが・・・。
中学3年の時は、以前にも書きましたが、クラス内でゴタゴタしていたせいでしょうか気分の浮き沈みが激しく、ほとんど会話しない日もありました。
そうかといえば、妙にイライラしている時もありました。
この頃は、一応進学希望の高校は問題なく入れそうだったので、私自身も気を使うこともなくよく派手に喧嘩をしました。
真夜中にプチ家出をされたこともあります。
その時は、近くに住む幼馴染と一緒に1時間ほど散歩をして帰ってきたようです。
男の子ですし、家の周りは田んぼばかりで何もありませんから特別心配はしませんでした。
それでも付き合ってくれたお友達にはホントに感謝しています。

中3から高1にかけてはよく大喧嘩をしました。
今思えば、私も大人気なかったな・・・。
理不尽じゃないか・・・というツゲ丸に「大人は理不尽なんだよ」と平気で言っていましたっけ(*´∀`*)。
よく旦那さんに~お母さんもストレスがたまっているんだよ~なんて慰められていたそうです。

それが、私がパートをはじめると、シフトの入っているときはほとんど顔を合わせることがなくなりました。
毎日塾から帰ると用意してある晩御飯を一人で食べます。
そして寝たあとにやっと私が帰ってくる。
朝はギリギリまで寝ているので、会話もあまりできないまま学校に行かなくてはいけません。
そうなってくるときっと寂しくなってきたのでしょう。
たまに休みで私が家にいると、いろいろなことを話してくれるようになりました。
お互いに距離を置いたせいでしょうか、あまり衝突することもなくなりました。

私があまりツゲ丸に干渉しなくなったからでしょうか。
重要なことは本人から話さないと何もしてくれない・・・そう思ったからかもしれません。
あーだこーだとうるさいくらいに報告してくるようになりました。
大学受験に関しては、現役時代は本人に任せすぎて失敗してしまったな・・・と後悔しましたけど。

浪人時代は、私もそれなりに気を使いましたから・・・
それまでで一番いい関係だったような気がします。
塾から帰って夜食を食べさせながら一緒にテレビを見ました。
「月曜から夜ふかし」という番組を見ながら大笑いするのが楽しみでした。
浪人時代の1年間・・・なんだかんだ言っても私にとってはとても幸せで楽しいひとときでした。


ご訪問いただきありがとうございました。





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